今日の日経新聞で寂しい記事を目にしました。近鉄グループは都ホテル京都八条や神戸北野ホテルを売却して600億円の資金を調達すると言う。

「売りたくなかった」

記事のタイトルから悔しさが感じ取れる気がします。都ホテルなどのホテル事業、観光事業の近畿日本ツーリスト、そして虎の子の鉄道事業である近鉄にもリストラの風が吹くなど、近鉄グールプは大きな危機に直面していると言えます。

学校を卒業して最初に入社した会社だからこそ、今でも愛着があり、人との縁も続いています。なんだかんだ言っても、最初に入社した会社が一番思い出があると、おっしゃっる方も多い気がします。私もそうです。同じスタートラインに立って、同じ苦労をして、同じ悩みを克服してきたからこそ、戦友とはいかないまでも、職友と言う関係が構築できるのではないかと思います。

当時の近鉄には「師弟制度」と言う新入社員が仕事を学ぶための教育方法が導入されていました。師弟と聞くと頑固で腕の立つ職人の下に付いて”見て覚えろ”みたいな教える教育と思われがちですが、そこまで頑固一徹ではありません。

当時はバブルです。近鉄グループもイケイケドンドンの時代ですから、グループ全体の新入社員は1000人以上、鉄道部門も200名以上の新入社員がいました。2ヶ月間の研修が終わって各駅に配属されます。誰もが行きたい!と熱望していたと言う近鉄難波駅に配属をされました。恥ずかしながら、田舎から出てきたポッとでの若者には、難波なんて駅は知りませんので喜ぶこともありませんでした。

いざ、初出勤で近鉄難波駅に行った時には驚きました。地下1階には虹の街と言うショッピングモールがあり、地下2階に改札があって、地下3階に電車が走っていると言う夢の国を訪れた未知との遭遇でした。

駅の入社式では同期生が12名と、駅随一の新入社員を向かい入れる程、沢山の人が働いていました。

「髙橋くん、今日から○○くんが仕事を教えるから、兄貴だと思って1年間仕事を教えてもらいなさい」

1年間も師弟の関係が続くとは中々のもんです。それに今その言葉を思い出すと、仁義に生きる世界の匂いもしますが、それが社会人のスタートになりました。

同期を見渡すと一安心しました。、「この先輩が彼に付くのか、可哀想に。まだ私はマシだわ」と、パンチパーマをかけた極悪人のような先輩をみてホッとしました。

それから1年間金魚のフンのように後ろに付いて仕事を教えてもらいます。実際の作業を見て、次は自分でやって、間違っていたり、要領が悪かったら叱られたり、と本当に一心同体で仕事をします。

「髙橋くんは誰が頭だ?」

と先輩が聞きます。頭とは兄貴のことです。

「はい、○○さんです」

「○○か、彼は優秀だから君も優秀になりそうだな」

と励ましの言葉ももらって嬉しくなります。最終電車が終わると、同期で駅のコンコースに集まって兄貴の比べ合いをします。

俺の兄貴は口うるさいとか、兄貴は無口で教えてくれん、歩いていたら叱られる、休憩ばっかりして教えてくれん、仕事以外でこき使う、兄貴の文句で盛り上がり、同時に同期との一致団結が更に強くなります。

「髙橋は良いな〜、優秀な兄貴で。俺と変わって欲しいわ。まあ、来年は兄貴になって新入社員に大変さを教えてやる」

みたいな、大変そうな同期もいました。それでも我慢して同期は兄貴に付いて仕事を覚えていきます。半年もすると半人前のような仕事が出来るようになります。10ヶ月も経つと、兄貴の出番は殆ど無くなります。

兄貴は自分が知っている仕事のノウハウを私に教えると、車掌として難波駅から旅立つための勉強を始めます。同期は兄貴に少しでも勉強の時間を作ってやろうと、独り立ちを急ぎます。1年間仕事を教えてくれた恩返しとして、現場に出ないで良いから勉強をするように兄貴に伝えます。それが独り立ちのスタートになるからです。

師弟制度が終了する1年後、兄貴のやり方を教えてもらった私は、今度は新入社員を教える兄貴なります。教わる側から教える側です。立場が変われば問題もおきます。言うことを聞かない後輩も出てきます。

最終電車が終わると、同期で駅のコンコースに集まって弟の比べ合いです。

生意気だとか、ダラダラ走るとか、言葉使いが悪いだとか、弟の品評会です。

「髙橋は良いな〜、優秀な弟が付いて。俺と変わって欲しいわ。」

1年経っても同じことを言う同期もいます。

“教わることと、教えること”

この二面性を持った2年間に渡る師弟制度は、同じ問題に取り組み、お互いが解決を見つけて行く、とても良い社員教育だと思います。それに共通の話題を持つことは一体感が生まれます。

社員が少ない会社は直ぐに売上を上げたいと思うので、教える時間が無いと言います。確かに現実はそうですが、直ぐに辞めると意味がありません。人数が多い会社でしかできない教育方法かもしれませんが、会社と社員の繋がりが深くなるのであれば面白い方法です。

今でも同期や後輩が集まると名刺でも出すかのように質問します。

「○○は誰が兄貴だっけ?」

「□□さんか、良い人だったよな〜。俺なんか✖️✖️さんで大変だったよ」

その言葉で当時にタイムスリップできるのは師弟制度の力です。

今日も一日、頑張っていきましょう!