損害保険の世界で働いて、リスクに対する許容範囲が広がりました。リスクにどう向き合うかで、自分が動じない体制を作ることができることも、沢山の経験の中から習得した一つの技だと感じています。
そもそも、この損害保険の世界に足を踏み入れて、リスクマネジメントと出会うことができたのは、とんだ勘違いから偶然にそうなっただけです。
職を失って、次に何をしようかと考えていた頃に、知り合いの気軽な言葉がスタート地点です。
「話が上手いから生命保険の営業したら?お金も歩合なんで自分で稼ぐことができるよ」
人から褒められて「そうなんだ」、と簡単に思い込み、右往左往して入社したのが、外資系の損害保険会社。入社後の研修期間で初めて知ったのが、この会社は生命保険じゃなくて、損害保険の会社だと言うこと。保険ってひとくくりだと思っていたので、保険の商品性で損保と生保があるなんて全く知らない無知の状態、でもどうしようもないです。やるしかありませんでしたね。
保険はリスク管理の一つの方法でしかありません。保険に入ると幸運が訪れることもありませんし、入っても入らなくても、自分や会社で何かが起こってしまうという原因が排除されることでもありません。というのも、我が身にとって、事故や災害は本来極めて低い確率で発生する事象であるからです。それでもリスク管理や保険防衛対策を考えておかないと、想定以上の危険には対処できないのが現実です。
危険から会社を守るためには、お金と仕組みが必要です。一番手っ取り早いのは保険で財務の損失を穴埋めすることです。一定のお金を保険会社に払えば、赤字経営でも瞬時に第三者銀行が作れる訳で、保険料は利子のようなもので、保険会社はその投資先です。民間の保険会社を国の健康保険みたいな意味合いで思っている方がたまにいますが、全く違います。民間の保険会社はリスクから身を守る投資先で、リスクが発生した時にはかなりの高確率で資金を提供してもらえる存在になります。
日本は島国で随分長い間鎖国をしていました。自由貿易が始まったのもほんの150年前の明治からですから、独自の文化も生まれ、知識は昔からの言い伝えとしきたりが最も重要しされていました。人と違う個性を出すことは非常に難しい時代です。共存共栄、一心同体です。自分の生まれた村で田んぼを育てて生活をする暮らしはリスクの固まりです。自然災害が起こればみんなで助け合い、お金と労力を出し合って苦難を乗り越えてきました。人と人との繋がりが一番大事で、裏切ることはご法度です。厳しい掟の中で何かをすれば何かを必ず返すという日本人が誇るべき独特の形が出来上がったのだと思います。
反面、「何かをすれば何かで返えしてもらえる」と言う約束ごと、期待間の習慣も出来上がったのも事実です。これが外国から入ってきた”投資”と言う文化に馴染めない理由の一つです。投資は幸福と不幸の両面を持っているからです。契約は約束ですが、幸福を約束した訳でありません。鎖国時代の日本ではこれを裏切りと言います。
・保険は信用できない
・保険はお守り
・そんなに保険に掛けるのは勿体無い
・保険は儲かっているだろうからもっと安くして
そんな声を聞くことがあります。保険は自分自身のリスクを管理する一つの手法であり、考え方です。投資するお金が勿体無いので有れば、財務で吸収すれば良いし、リスクが発生したら会社は閉鎖する、と決めてしまえば保険会社に払うお金を全て、先行投資に当てれば良い話しです。儲かる確率が増大します。
「そうは言っても何があるか分からないから、このくらいを掛けておこう。待て待て、このくらいって、どのくらいだ?」
と言う考えをお持ちの方に、”このくらい“を判断できるコンサルティングを行うのも、リスクマネジメントの中の一部分です。保険の商品を売るための販売コンサルティングではなく、成長を妨げるリスクに対して判断できる資料や考え方を提供して、その資料を一つの判断基準として捉えてもらい、経営者が決めた判断が、保険を使うのか、他の方法を使うのか、を決めてもらうしかないのです。正解は絶対ありません。でも正解に導く方法、確率を上げる方法はリスクマネジメントと言うやり方を使えば効果はあると信じています。その提供が損害保険をやる大義となっています。
リスクマネジメントは経営改善に大きな効果をもたらせます。考え方や捉え方で、ものごとが変わることが実感できるからです。事故を防ぐためだけに使われる狭義の世界ではありません。大きな体制を構築することもできます。その支えをする経営保険はとても大切な存在と言えます。
今後はリスクマネジメントと経営保険の関係シリーズとして、具体例や実践の話をする機会を作って行きたいと思います。
今日も一日、頑張っていきましょう!