島根県江津市の山間には、有福温泉と言う昔ながらの温泉街があります。1350年前に法道仙人が山奥で見つけた温泉で、無色透明な単純アルカリ泉は、お隣の美又温泉と並ぶ美人の湯として有名です。
私が高校生の時にちょっと校内で騒動があった温泉街なので、ここを訪れるとその時を思い出します。
今から40年前の有福温泉は一大歓楽街で、とにかく凄かったイメージです。芸者さんとのお遊びも盛んで未成年が行ってはいけない場所です。沢山の大人が日頃の仕事の疲れを癒す場所として大変賑わっていました。
芸者さんと一緒に飲めや歌えやと、県外問わずの観光客で毎晩盛り上がる訳ですから、メディアの目にも止まります。ついには藤本義一氏(故)の11PMでの放送が決定しました。勿論、藤本義一氏本人が有福温泉から生中継で全国に発信すると言う大イベントです。
ここまでは確か話です。残念ながらここからの話は、校内で騒動があった後に聞いた話ですので、フィクションなのかノンフィクションなのか、分かりません。でも限りなく事実に近いお話だと今でも思っています。
昭和の学校、それも高校の先生は変わった人や特徴的何かを持った方が多くいらっしゃいました。人気者になったり、嫌われたりと、思春期まっしぐらの高校生には恰好の標的となりやすいものです。主人公の先生は大の酒好きで二日酔いで学校に来ることや、飲み過ぎで「しんどい」と言って自習になった日もあります。
そして生放送の11PMが始まりました。藤本義一氏もサービス満点で芸者さんと話をしたりお遊びをします。宿に泊まっていた観光客にも話を振って盛り上げます。
なんと!その中にお酒好きの先生の顔がチラリ。えっ?混ざってる!
そんな噂が実しやかに学校に入り、ちょっとした騒動になりました。結局その先生は知らぬ存ぜねを押し通して有耶無耶になりました。
「絶対行ったでしょう!」
挨拶みたいに顔を見れば言っていましたが、ご縁とは本当に不思議ものです。後ろめたい気持ちなんて絶対無かったでしょうが、その酒好き先生の力を借りて、関西で有名な近鉄電車の会社に受験する道をつくってくれました。有り難いものです。
そんな有福温泉は思い出の場所です。観光客も激減、老朽化した建物の修繕に追われるなか、数年前には豪雨があり、街も衰退の危機に直面しています。色々な取り組みで温泉街を活気つけようと試みていますが、回復の兆しは見えていません。1350年も前から存在する温泉街は他に引けを取らない生粋のサラブレッドです。その温泉街、今まで何を試みてきたのでしょう。
「お湯はピカイチ。美人の湯に浸かったら絶対に分かる」、その言葉通り湯に浸かった人は、「噂通りだ」、と口にします。それを聞いた関係者は、「やっぱり間違いないんだ」と自分の行動を肯定します。そこに落とし穴があることを忘れてしまうからです。
「何が何でも、お湯に浸かってもらわないと良さが分からない」
という当たり前の現実です。腕の良い職人さんが店に座って評判を聞いてくれているだろうお客を待っているのと同じです。「腕は良い、モノも良いからお客さんが来てくれる、買ってくれる、声を掛けてくれる」、と言う錯覚です。
どんなに良いものでも、「必要とされる人に、必要なタイミングの時に」、遭遇しないと絶対に伝わりませんし、人は行動しないことです。情報を発信し続けるしかし無いのです。
そしてその情報で知った頭のイメージと訪れた温泉街のイメージがどれだけ合致しているかで、リピート率が上がります。そのための店作りや街作りが必要になってきます。
古びたもの、昔からあるものには個性や風味があり、そのモノから年代を感じられます。決して汚さやホコリまみれでは無い、昔の風味を失わ無いために日々成し遂げるべき、“古いものの中にある綺麗さと清潔感の佇まいの維持”です。物事の基本となる考え方です。
古びた良き昔を今に輝かせる。有福温泉街、頑張って欲しいものです。1350年の温泉に浸かりに来てくださいませ。
今日も一日、頑張っていきましょう!