昔から言い伝えとか、口伝えとかで迷信や物語を聞かされて、リスク管理という考え方を、普段の生活に落とし込んできた日本の風習。両親や祖父母が伝える言い伝えは、子供にとっては人生の掟のように聞こえて腹落ちをする。この腹落ちすることがリスク管理にとっては何よりも大事だ。腹落ちする為に難しい言葉や理論、想定するやり方も大事だが、先ずは自分が聞く耳になっているかが一番重要だ。だからこそ家族から授かる言葉は絶大である。
高校生の時に、”口裂け女”という美女が日本を横断した記憶がある。何処から仕入れた情報かは知らないが、田舎の高校でもこの話題で盛り上がったものだ。「今は東北らしいよ」、「東京でブームなったってテレビで言ってた」、「今度は大阪で出たらしい」刻々と島根の山奥に近づいて来ている。
強がりの私は人には嘘だとか噂だとか言っていた。時には、「マスクをしてたら、むちゃ美人なんだから、デートしたら注目の的だよな〜。絶対にお前らは勝てんぞ」、と女子の同級生に話題をふっかけて遊んでいたものだ。
しかし、学校が終わると物事は180度逆転する。山奥の家に帰るまではひとりぼっちだ。マスク女のことは考えないようにしたいが、心の何処かにあるものだ。それに山奥には、普段から色々な生き物が暮らしている。それだって怖いと思うことがある。マスク女の妄想が込み上げてきた時に、山から落石がガサガサと音を出しながら落ちてきた時には、恐怖でしかない。本当に恐怖だ。
今となっては口裂け女が実在したか、しなかったのかは、どうでも良いが、言い伝えとはもの凄いものである。今では口コミと言えるが、現実を伝え歩く世界とは全く異なる。そもそも現実であることさえ不確かだからだ。不確かのイメージを自分で倍増させて、更に口伝えで誇張したり、聞き手が謝った解釈をしてしまうからだ。言い伝えの連鎖はもの凄い抑止力に成り得るものだ。
ネット社会になって答えが数秒で分かる時代であるからこそ、情報に踊らされないための、言い伝えという古来の風習は生き残って欲しい。比較して真意を見極めて欲しい。家族からの言い伝えは、不死の力を持った羅針盤だからだ。迷った時や帰路に立った時には、スマホをいじるのではなく、言い伝えを思い出して欲しい。真実がそこにあると思いたい。
考えてみれば、口裂け女だって全国を縦断しているからきっと忙しいはずだ。多忙な彼女が島根の山奥まで会いにくることはない。普通に考えれば分かることだ。もし会いに来たらきっと運命の女性だと思いたいが、水木しげる先生の口裂け女みたいだったら、ガッカリだ。美人でいて欲しかった・・・。